Do you want to marry me?


I never did anything except when I played the fool.
Anyway, do you want to marry me?
(dans le film <<A Coeur Joie>>, 1967.)

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「こんな所に居てはいけない。ここから出よう・・・一緒に逃げよう!」
うだるような熱帯夜。
重たくまとわりつく空気の中、この手に握った短剣が遊郭の主人を貫いた瞬間を、何度も繰り返し夢に見た。

腕を伝わる、ズッという鈍い感触。
傷口から迸る血、いつまで経っても消えない返り血の臭い。
幾度も幾度もうなされては目覚め、傍らの温もりを確認して安堵する。
頬を撫でる手の感触に、漸く安心して眠りに就くことができた。

決して忘れることは出来ないけれど、二人一緒なら乗り越えていける。
何故だかいつでも、そんな確信があった。
よくは判らないけれど、母親ってきっと、こんな感じなのだろう。
そんな夜が幾つか続いて、気が付くともうすぐ、秋はそこまで来ていた。


夕餉を採りに入ったスタンドで、古ぼけたラジオから歌が流れていた。

・・・遠い昔、男と女は一心同体で、二人で一つの生き物だった。
それが嫉妬深い神の手によって、二つの身体に引き裂かれたのだと。
だからいつでも自分の片割れを、探し求めているのだと。

まるで私達のことみたいねと、彼女は笑って僕の顔を覗き込んだ。
僕は何故だか笑い返すことが出来ずに、ただ黙って目を逸らした。
それからずっと心の中で、その歌を繰り返し歌っていた・・・。


こんなに気分良く目覚めることが出来たのは、何日ぶりのことだろう。
明け初めた窓から漂う空気にはまだ、夾竹桃の甘さが残っていたけれど、
いつのまにやら汗ばんだ頬に、ひんやりと心地よい涼やかさが加わっていた。
まるで彼女の掌みたいに、それは僕の頭をクリアにしてくれる。
自分は今、何をすべきなのか。この先、どうするべきなのか。

夜明けの光が差し込んで、窓辺に佇む彼女の横顔を仄かに照らし出していた。
伏せられた長い睫毛とか、黄金色に輝く頬の微かな産毛とか。
忌まわしいあの場所で、彼女はいつでも煌びやかに着飾ることを強いられていた。
その計算し尽くされたどんな粉黛よりも、今見る素顔は美しかった。


罪悪感とか世間体とか、倫理観とか宗教観とか。
色んな言葉が一気に浮かんで、頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。

渦潮のような意識の中で、僕は必死に水面から顔を出そうと足掻いている。
藻掻いて藻掻いてやっと空気に触れた時、彼女が僕に微笑みかけるのが見えた。
その笑顔はこれまでのどんな瞬間よりも優しく・・・静かな威厳に満ちていた。

.....anyway, do you want to marry me.....?

「・・・結婚しよ。」
僅かに唇を動かして、僕は小さな声で呟いた。
彼女は何も気付かずに、窓の外をじっと見ていた。

「結婚、しよう。」
少しだけ強い調子で、僕はもう一度だけ言葉を唇に乗せた。
驚いたように、彼女は振り向いた。

首を傾げて、じっと僕の顔を見つめている。
今度は、僕も目を逸らしたりはしなかった。
「もう絶対に、離れたりしない。誰にも・・・邪魔はさせない。」

彼女が、泣くように微笑んだ。
唇が動いて・・・即座に僕を受け容れてくれると、信じて疑わなかったのに。
「・・・一つだけ、約束して。」
ほんの少しだけ不安になる僕に、彼女は静かに近付いた。
「私達はね・・・逃げるんじゃないの。」
どこか必死な光を灯して、瞳が訴えかけてくる。

「逃げるんじゃなくて、立ち向かっていくのよ。お願い、もう二度と逃げるなんて言わないと約束して!
 もう一度だってそんなことを言ったら・・・私、貴方と一緒に行かない。」

一言ひとことを噛み締めるように、僕は深く頷いた。
そして返事をする代わりに、肩を抱き寄せてそっと口付けた。
やっと安心したように頷き返すと、夜着を肩から滑り落として、彼女が寝床に入ってきた。

初めて抱きしめた裸の身体は、華奢で儚げで・・・凛然としていた。

秋風はただ涼しいだけじゃなく、仄かな温かさをも感じさせてくれるものなのだな。
この世に生まれ落ちるまでの十ヶ月、きっとそうしていたのと同じように。
彼女と一つになりながら、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。

「お願い、目を閉じないで。ずっと私をみていて・・・私だけを。」

僕が最初の罪を犯して、彼女をあの忌まわしい場所より連れ出してから、そろそろ1週間が過ぎようとしていた。


            -close of this world-




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"do you want to marry me" from AUDIO SPONGE ('02) by Sketch Show
"Origin Of Love" from HEDWIG & the ANGRY INCH ('01) by John Cameron Mitchell


kyocoさんが八戒の(つまり悟能と花喃の)誕生日に描かれたイラストを拝見して書きたくなったお話です。

少し補足が必要ですね。
うちの原作寄り?設定話には一連の流れがありまして、これはその流れに即したエピソードとなっております。
つまり花喃は悟能と出会うまで娼館にいて、彼女を連れ出すために店の主人を刺したのが、悟能の最初に犯した罪だったという。
・・・ もっともこの下り、まだ文章にはなっていないのですけれど(--;)。
「逃げると言わない」約束をしたのも、「目を閉じないで」とせがまれたのも、その後の展開のキーワードになっていく、筈。

2人がスタンドで聴いた曲、以前kyocoさん達と御一緒した映画「HEDWIG and the ANGRY INCH」の劇中歌なんです。
これを読まれて、既に次の絵の構想も浮かばれたという嬉しいお声も戴いておりますので、無催促にて楽しみにお待ちしております♪

少しばかり悟能が単純すぎる気もしますが、多分こんな感じだったのではないでしょうか、この姉弟。
ええ主導権はいつだって、姉さんが握っていたのじゃないかと。ぶっちゃけ、悟能くんの筆○ろし話な訳ですが(殴)、
残念ながら私にはそういう経験がございませんので(待て)、あとは皆様のご想像にお任せ致しますわ(笑)。

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