+Ball and Chain+



You got the ball'n chain
You're the one to blame
You got to love that pain

(お前は 足枷をはめられてる
 自業自得の結果だろう
 せいぜい その苦しみを愛すがいい)

 (from MEDAZZALAND by D●ran Dur○n '97)






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........畜生、クソ暑いぜ...........


人気もまばらな大教室の片隅で、悟浄は煙草を吸うことも叶わずに苛ついていた。
真っ赤な髪は後ろで束ねることが出来ても、煮えたぎった頭の中身は今にも噴出しそうだった。
もともと、授業内容が難解過ぎるのだ。

『錬金術の象徴体系とその発展的諸段階』.....
いかにもうさん臭そうな内容の講義だが、選択したのには悟浄なりの理由がある。
学内で最も若い独身教授の授業というだけで、綺麗どころの女子学生がどっと押し寄せるだろうと目論んだからだ。

果して、その履修者たるや大変な数だった。
自然、講義には学内で最も大きな教室が充てられることになる。


しかし程なく学生たちは、彼らが出席しようがしなかろうが、理解していようがしていまいが、全く頓着せずに予定通りの講義を押し進める、猪八戒教授の性格に気付かされることとなった。
さらには教授が女嫌いだという噂がまことしやかに流れ、学期末の1発レポートだけで単位取得が保証されることが判明するや......女子学生の姿は完全に消えた。

残ったのはごく一部の親衛隊、熱狂的神秘主義者、そしてサークルの先輩に板書記録の任を負わされ、交代で出席させられる1年生たちのみ。


それでも悟浄は、そのがらんとした教室に顔を出し続けた。
別に教授やその授業が、気に入ったからではない。
彼には出なければならない理由があったのだ。

履修を決めた時には思いもよらなかった、ある理由が。



まだ八分程の学生が出席していた花霞みの頃。

自らの単位取得を賭けのネタにしていたため、何とか講義を理解してやろうと、悟浄は小柄な相棒と共に中ほどの席に陣取り、熱心にメモを執っていた。

「.....12世紀中頃の欧州で、『賢者の一群』と呼ばれるテキストが流布されるや.....」
よく言えば穏やか、悪く言えば抑揚のない八戒教授の声は眠りを誘う。

動きの鈍ったペン先をからかうように、窓から入った桜の花弁がノートに停まった。
慌ててそれを払おうとして、悟浄はシャーペンを取り落とす。

ころころと転がったシャーペンは、よく磨かれた黒のチャッカーブーツに捉えられて停まった。
中央の通路を挟んで斜め後方に座っていた靴の主が、無表情にそれを拾い上げて悟浄に差し出す。

黄金の絹糸の間から覗く紫苑の瞳に、じっと心の奥底まで見透かされた様な気がして、悟浄の紅い瞳は一瞬、たじろいだ様な表情を見せた。
はっと我に帰り、あたふたとペンを受け取ると、上目遣いのまま軽く黙礼を返す。
唇の端にちょっとだけ笑みを浮かべて、金髪の男は首を傾げた。

男がついと、腕を伸ばした。
何?と思う間もなく、すっ.....とその指先が、悟浄の頬の傷に触れた。
悟浄の背筋が、ビクンと予期せぬ反応を示した。

リーーーーーーーン!

講義終了のチャイムが、その場の空気を引き裂く。
授業する声音を少しも変えることなく、先刻から自分の目前で臆面もなく繰り広げられている光景を、じっと見守っていた八戒教授は、既に黒板を消し終えて教壇をあとにしていた。

学生たちが一斉に、バタバタと教室から流れ出していく。
金髪の男は悟浄に目もくれず、それに続いて行ってしまった。

「おい悟浄っ!学食混んじまうだろ、早く喰いにいこうぜっ!」
「あぁよ.....すぐ行く」
返されたシャーペンを手にしたまま、悟浄はぼんやりと頷いた。



連休を越え、五月病に悩む者も出始める新緑の頃。

キャンパス中庭のカフェテラスで向き合う、黄金色と珊瑚色の影があった。

「.....飲め」
抑揚のない声音で、三蔵が言う。
「.....嫌だ」
擦れた声を振り絞って、悟浄が抵抗する。
一見何の変哲もない缶コーラが、2人の間に置かれている。
だがその中には、今まで三蔵が吸っていたマルボロの吸いさしが数本入っているのだった。

「フン、そんな勇気もないのか」
紫の瞳に嘲りの色が混じる。
一度拒めば二度と押し付けようとしないのも、わざと相手のプライドを逆撫でする、いつもの手段だった。
もはや関心ないとでもいうように、やおら眼鏡を取り出して、三蔵は新聞を読み始める。
ギリッ.....紅い瞳に恥辱の炎を宿して、悟浄が唇を噛む。

筋肉質の腕が、やにわに缶コーラを掴んだ。
力を込めて握りしめれば、アルミの缶には他愛もなく、その指のあとが付く。
さらに力を強めながら、悟浄はじっと缶の中を見透かすようにした。
歪んだアルミの端が少し破れて、洩れ出たコーラと傷付いた指の血とが醜く混じり合う。

三蔵は相変わらず何の関心も示さず、新聞のページを捲っている。
悟浄は缶を口元に押し付けると、甘味と苦味の入り交じった茶褐色の液体を一息にあおった。

異物感と共に喉元を過ぎてゆく、生あたたかい感触。
それを無理矢理飲下すと、悟浄はトン、と音をたてて空き缶をテーブルに置いた。

新聞の隙間から、ちらっと三蔵が一瞥をくれる。
「フン、本当に飲みやがった.....死にたいのか、この馬鹿が」
ぞんざいに丸めた新聞紙をゴミ箱に放り込むと、三蔵はさっさと校舎に入っていった。
肩で大きく息をついて、悟浄がその後に続いた。

カフェテラスの反対側で、『秘められたる掟・フィレット著』と書かれた分厚い本の陰から、そんな2人の一部始終を見届けていた緑色の双眸があった。
彼は満足げに目を細めると、片眼鏡を外して内ポケットに入れ、ネクタイを絞め直すと読んでいた本を小脇に抱えて、自分の研究室に戻っていった。



そして.....今は、夏。

人気もまばらな大教室の片隅で、悟浄は煙草を吸うことも叶わずに苛ついていた。
真っ赤な髪は後ろで束ねることが出来ても、煮えたぎった頭の中身は今にも噴出しそうだった。
もともと、授業内容が難解すぎるのだ。

「.....錬金術が天啓思想の一大教義として定着するのは、漸く15世紀になってからで.....」
旧式の大型クーラーに貼り付いた『故障中』の文字が、揺らいだ空気に霞んで見える。

いつでもきっちりスーツなんか着込みやがって。
こいつ身体ン中に、汗の成分ねえんじゃねえの.....?
さほど張り上げている訳でもないのに、不思議と通る八戒教授の声は、開け放された窓から降り注ぐ蝉達の声にも、決してかき消されることがない。

「......一般民衆の信仰からは懸け離れたものに見えるこの秘教は、寓意的かつ神秘的な形の隠れ蓑をつけ.....」
既に集中力の限界に達した悟浄は、誰も居ない隣席の机に何気なく目をやった。
誰かのこぼしたジュースのシミが、小さな輪溜まりとなってこびりついている。
そのまん中で羽蟻が2匹、獲物を奪い合うようにして触覚を伸ばし合っていた。

「ん?」
悟浄はふと、羽蟻たちを覗き込んだ。飲み物を、奪い合っているのではない。

こいつら.....交尾してる。

息を殺して、悟浄は机上の一点を見詰め続けた。
もつれ合い絡み合い、甘い滴りの中で蠢く2匹の生き物。
悟浄のはだけた胸元に、汗が一筋、つうと流れた。

ブ・ツ・ッ!

にわかに鈍い音がする。
はっと我に返る悟浄の目に、シャーペンの先で串刺しにされた2匹の羽蟻が映った。
虫けらどもは未練がましく僅かにもがいたが、程なく動きを止めた。
斜め前に座った三蔵が、そのシャーペンをゆっくりと持ち上げ、にやりと笑って悟浄を見据えた。

リーーーーーーーン!

講義終了のチャイムが鳴り響く。
三蔵は何事もなかったかのように、立ち上がってこう言った。
「メシ、喰いに行くぞ」
悟浄は、ぼんやりと頷いた。

教室を一歩出たところで、八戒教授が質問してきた学生に説明をしていた。
軽く会釈をして、2人は側を通り過ぎた。

すれ違いざま、教授は錆の浮いた小さな鍵を、三蔵の掌に握らせていた。


           -close of this world-



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なんかうざったい天気が続いたので、思いっきりドロドロしたモノが書きたくなりまして。
露骨な表現は1つもないけれど、これはれっきとしたSMです(^^;)
つか、たんなるイジメにも見えますね(汗)これ以上ないって位、愛のない三浄。
そしてお約束のあの方の影(笑)あの鍵は一体、何なのでしょう?

かなり自分らしいというか、結構気に入っている話です。
ずっと続きを書こうと思っているのですが、なかなか・・・
構想はあるんだけど。でも絶対書きます。ええ、そのうち(殴)

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