ト ラ ン ジ ス タ ラ ジ オ






「ちょっ、どこ連れてくんだよっ!」
「いーからいーから♪」

のどかな昼下がりの西校舎。
わめく小猿を小脇に抱えて、一段抜かしで階段を駆け上がる紅い長髪があった。

お巡りさんユーカイでーす!と言いたくなるような光景だが、わざわざゼミ棟の10階まで裏階段で来るやつなんてまず居ない。
飯は旨かったし、食後の一服はしたし、もう気分は上々。
気力も体力も充実したこんな日こそ、たまには講義で目立って劣等生の汚名を挽回しようなっ!
・・・って言ったら、大きく頷いてた癖に。

「どーすんだよこのエロ河童!授業始まるってば、まずいって!」
「平気平気!女にノートとらせてるし?」

無造作に束ねた教科書類を、悟浄は無造作に持ち直す。

「あーもう、自分で歩いてけ。」

ひょいっと悟空を踊り場に下ろすと、悟浄は手首を引っ付かんで先を急いだ。

どこかすっとぼけた調子で、始業のチャイムが鳴る。
悟空はあきらめモードで、長過ぎるショルダーバッグが床掃除用のモップに早変わりしないよう、胸元に引き寄せて後に続いた。


「でっ!」

突如立ち止まった悟浄の広い背中に、悟空は思いっきり顔をぶつけた。
頂上に着いたのだ。

「ほら、着いたぜ」

悟浄がもったいぶってスチール扉のノブを回した。
ほの暗い踊り場に、光の束が飛び込んでくる。
思わず手をかざす悟空の髪が、その瞳と同じ黄金色に揺らいだ。

「わあ・・・すっげえ!」

一面に拡がる空の青、雲の白。
その下に拡がる校舎の煉瓦色と、新緑とのコントラストが美しい。
屋上から見下ろす景色は、まんまマグリットの絵みたいだ。

悟空は鉄柵に飛び上がってそこに腹を乗っけると、足をぶらぶらやりながら辺りを眺め回した。
煙草をくわえて後に続く、悟浄の得意そうなにやにや顔。

「こんなとこ登れたんだ・・・」
「な、ちょっといいだろ。景色はサイコー風は爽やか、絶好の隠れ場所って訳よ。気に入った?」
「うんっ!オレ高いとこ大好きっ!」

素直な悟空は、元気に頷く。
ナントカはすぐ高いとこに登りたがるってな。
思わずからかいかけた言葉を、悟浄は煙と一緒に吸い込んだ。
憎まれ口なんか、言っている場合じゃない。

今日は何だかビンビン感じてるんだ・・・そう、妙に素直な、こんな気持ち。

「よっ!」教科書類を放り投げて、悟浄はひょいっと鉄柵を乗り越えた。
一瞬ためらった悟空も、ショルダーを支柱に引っ掛けて後に続く。
鉄柵にもたれてストンと腰を下ろすと、2人の姿は屋上の中側からは見えなくなる。

「風が気持ちい〜。明日は弁当持ってこようぜ、なっ。」

無邪気に思いを巡らす悟空の顔が、ふいに日陰になった。
はっとする悟空の目の前には、何時になく真剣な悟浄の顔。
な、なんだこいつ。怒ってるんじゃ・・・なさそうだけど。
鉄柵を背に追い詰められた形の悟空が、反射的に身を固くする。

憮然とした表情のまま、その上に覆いかぶさる形の悟浄。
朝の光と同じ色の瞳を、悟空は真ん丸に見張っている。
夕日の色したもう一方の瞳が、段々に近付いていく。
各々の太陽が目蓋の下に隠され、2人の唇が重なりあった。

支柱に掛けられたショルダーバッグに、モンキチョウが停まっている。
女どもと接する時とは別人のように遠慮がちな様子で、悟浄の手がおずおずと悟空の胸元にのびていった。
悟空はじっと目を閉じたままだ。悟浄の影がふと外れ、日光がその顔を直射する。

「眩しい・・・」

一つ、二つ、シャツのボタンが外されていく。
悟浄の手の動きにつれて肌に触れるリネンの感触を、悟空は日溜まりの柔らかさと共に胸一杯に吸い込んだ。
呼吸する胸元の動きにつれて、小さな喉仏も微かに動く。
あらわにされたその首筋に、そっと悟浄の唇が触れた。
繻子を張った様な悟浄の髪の間を、悟空の細い指がすうっと梳いていく。

突然、ガヤガヤと近付く、大勢のけたたましい話声と足音があった。
2人は飛び起きた。

悟空があたふたと、胸元のボタンをかけ直す。
悟浄が咳払いをしながら、しきりに髪を撫で付ける。

屋上の反対側で、騒々しく大太鼓を打鳴らし、応援団が練習を始めた。
金髪に紫苑の瞳の団長らしき美丈夫が、袴姿でじっと腕組みをし、睨みを効かせている。

悟浄と悟空は、あっけにとられた。
顔はそちらに向けたまま、互いの様子を探ろうと目玉だけを動かす。
視線が合い、2人はどちらからともなく、笑い始めた。


鉄柵を乗り越え、悟浄が屋上の内側に戻った。
踊りを申し込む紳士のように、おどけながらも気取った仕種で、悟空の方に手を差し出す。
ちょっぴり頬を膨らましながらも、悟空はわざわざその手をとって、鉄柵を飛び越えてやった。

ゼミ棟のてっぺんでスチール扉が開き、暗い廊下に光の長方形ができた。
大小二つの影が現れ、階段を駈け降りていく。
大きな音を立てて扉が閉まると、後には元通りの暗がりだけが残った。


                    〜close of this world〜


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BGM:「トランジスタラジオ」by RCサクセション


いかにも新入生らしく、初々しい悟浄と悟空。
たまにはこんなほのぼのムードもいいでしょ?
でも実はこれも、「ball & chain」にいたる前の一瞬の静けさだったりして。

というより、とにかく曲に合うシチュエーションが先に浮かんで、
あとからキャスティングを考えた様な次第で(笑)
好きなんですよ、忌○さんの曲。
いつか「スローバラード」なんかも書いてみたいと思ってるんだけど、
まんま4巻の冒頭みたいになっちゃいそうなので二の足践んでます・・・

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