エレクトリック・バーバレラ






室内の塵芥の約4割は、そこに生活する人間から欠け落ちた皮膚や髪、つまり所謂、垢の類なのだそうだ。
2人暮らしだと単純計算して、1人分は全体の約2割。

つまりこの部屋の埃の5分の1は、悟浄、アナタの分身なんですね。

あ、でもここ数週間は僕1人だったし、通常の3分の1位には減っているかも知れません。
それに目につく髪の毛なんかは先に拾っておいたから(案外残ってるんですよね〜これが)おおよそ、この中の5%程度が悟浄のモノってことになりますか・・・

って、莫迦ですか僕は。

フォルダに溜まった粉塵をゴミ箱に空けながら、こんなことを思い付くヤツはそう居ないに違いない。
今日ばかりは自分の思考回路に嫌気が指して、八戒は小さく溜息をついた。
近頃、掃除をしているとロクなことを考えない。


あの日だって、そうだった。

ソファの隙間をノズルで掃除していたら、いつものように色んなモノが現れて。
三蔵が捻って押し込んだらしい、空になったマルボロのパッケージだとか。
悟空が隠していったに違いない、シャラシャラ音のする飴玉の包み紙だとか。
自分がうっかり捨て損ねてしまった・・・コンドームの袋の切れっ端だとか。

更にはカチリと硬い音がして、さも高価そうなダイヤの耳飾りが現われたのがいけなかった。
余所で女どもと遊んでくるのは、甘んじて許してやるとしよう。
だけど自分の留守中に、悟浄がこの家に女を連れ込むことだけは我慢ならない。

転がり込んだ立場とはいえ、多少の苦言を呈する権利位、僕にだってあるはずです。
だから自分は当然のことをしたまで・・・それなのに。
悟浄からこんなに長いこと音沙汰がないのは、これが初めてのことだった。

今度こそ・・・本当に戻ってこないかも知れない。


・・・買い物にでも、行ってきますか。

狭い玄関でやる気なさげに佇んでいるスニーカーに足を突っ込みながら、八戒は靴箱の片隅から鍵を引っ張り出した。





★ ★



「さすがだね〜オ兄サン。いやぁお目が高い!」
白衣姿の店主は煙草を銜えた口元をイヤラシク歪めると、細い眼を一層細めてわざとらしく声を高めた。

こんな怪しげな店に、どうして入り込む羽目になったんだか。
何故か無性に回り道がしたくて、あの角を曲がってみたくて・・・ほんの数十分前のことなのに、ドラッグでもやったように記憶にモヤがかかっている。

「3年前だったかな。街角に立ってたコに声かけて、モデルになって貰ったんだけどさ。流石に面食らってたよ〜。いきなり服脱げ、何もしないから写真とサイズだけとらせろ、だもんねえ。」
クスクスと思い出し笑いをする店主の横で、八戒は唖然としていた。

『リアル悟浄ロボ 1/1スケール汎用型』

「どォです、この髪と瞳の色!骨格といい筋肉の具合といい、我ながら上手く再現できたと思うよ。最近はイイ素材も開発されてね・・・」
オタッキーもここまで来れば、尊敬に値しますよね。
それにしてもこのロボット・・・見れば見るほど、悟浄に瓜二つじゃないですか。

他の誰かに買われてしまうなんて・・・僕が許しません。

「・・・あの。いくらですか?これ。」

丁寧に梱包された悟浄ロボは、本物よりもやや軽めだった。
「毎度ありィ。うんと可愛がってやってね〜。」
ウサギの縫いぐるみに腹話術のようにして手を振らせながら、大荷物を肩に担いだ客を見送る店主の眼鏡が、チカッと光った。





★ ★ ★



「まず、名前登録。」
説明書を片手に、八戒は機械人形のセットアップを始めた。
「え、『初期設定は「ゴジョ」になっています』?そうでした・・・じゃ、このままでよし。次、オーナー登録。」
八戒は真正面から紅い瞳を覗き込むと、一音ずつ区切って自分の名前を発音した。
双眸のカメラと両耳のマイクとが、電子頭脳にデータを送り込む。

自らがオーナーとして認識されていることを確かめるため、八戒は些か無理な指示を試みた。
奥の棚から引っ張り出した、ピンクのフレアワンピースとフリル付の白いエプロン。
悟浄のお仕置き用にと、密かに用意してあった品である。

「ちょっとこれ、着てみて貰えます?」
文句一つ言わずに標準装備の白シャツを脱ぎ捨てると、ロボはメイド服にあっさり袖を通した。
真紅の髪にヘッドピースの白レースが映え、眼にも鮮やかだ。

ああ、やっぱりよく似合います。
期待以上です。本物以上ですねきっと(はぁとv)

「じゃあ手始めに、今散ったアナタの梱包クズを片付けて貰いましょうか。掃除機は丁寧に、床に少し押し付ける感じでね。」
悟浄ロボがややぎこちない様子で動作を開始したその直後。
「わぁっ、やめて下さいっ!!」
ミシミシと不穏な音がしたかと思うと、床板が3、4枚、地中にめり込んでいた。

おっ、落ち着かなくては。そうだ、これはロボットなんですよ。
どんな精密機器でも、こと細かに条件設定しないと、上手く作動する筈がありません。

「いいですかゴジョ。クリーナーは1.2Gから1.8Gの力で、床の隅々まで滑らすように。直径7ミリ以上のゴミは、吸い込まずに手で拾った方が無難です・・・あ、拾ったら屑籠に入れるんですよ。」
はたして今度は、上手く作業を行うことが出来た。

これは・・・調教のし甲斐がありますね(ちょっと違う)
八戒の中で、元塾講師の血がにわかに騒ぎだした。





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