いつもより早めに帰宅した父親は、家の中に誰も居ないのをみてとると、庭にまわって息子の名を呼んだ。 「あ、八戒おかえりっ!」 手と顔を泥まみれにし、人形を抱えた少年が飛びついてくる。 スーツの汚れを気にして反射的に身を引きながらも、父はいつもの笑顔を息子に向けた。 「また葬式ごっこですか?もういい加減に別の遊びをしたらどうです?」 「だってー、面白いんだもん。」 悟空は後ろを見遣って、えへへと可愛らしい笑顔をみせた。 日当たりの良い芝生の一部が掘り起され、無造作に十字に組まれた小枝がスコップと共に放り出されている。 「まったく、三蔵に叱られますよ。あの人は誰よりも潔癖性なんですから。」 潔癖性は八戒じゃないか、と心の中で呟きつつも、悟空はクシャリと自分の髪を撫でる掌の感触を楽しんだ。 「さっき会社に電話がありました。今日帰れるそうです、僕達の新しい家族と一緒に。」 「ほんとっ!」 金色の瞳が、昼下がりの太陽と同じにキラキラと輝いた。 「悟空もお留守番偉かったですね。御褒美に、新しい人形を頼んでおきました。」 「え?だって今のが壊れるまでダメだって・・・」 「今回は特別です、たいそうお利口にしていましたからね。病院に迎えに行って来ますから、大人しく待っているんですよ。」 「うんわかった!行ってらっしゃ〜い!」 再び遠ざかっていく車を、息子は元気一杯に見送った。振り返った父の眼鏡が、チカッと光った。 「悟浄!なあ聞いたろ?三蔵が帰ってくるよ。俺の弟と、新しい人形を連れて帰ってくるんだ!」 人形の顔を覗き込んで、悟空はいつものように語りかけた。 「すげーな、やったじゃん!」 「からくり悟浄くん人形」は、悟空の大の親友だった。 目の覚めるような深紅の髪と、頭のてっぺんから触覚のように延びた2本のトンガリがチャームポイントだ。 背中の紐を引っ張れば、お喋りだってすることができる。 嬉しい時も、悲しい時も、いつも一緒の大事な友達だ。 「ねえ知ってる?新しい人形は、そりゃ凄えんだ。関節だって全部動くし、きちんと立つこともできるんだぜ!」 「すげーな、やったじゃん!」 「録音機能も付いているから、ボタン一つで何だって話せるんだ。いちいち紐を引っ張るお前とは大違いだよな!」 「すげーな、やったじゃん!」 悟浄くんの声が、どことなく掠れて聞こえる。 「とにかくサイコーなんだ。何もかもが最新式なんだぜ!だからもう、お前なんか要らない。」 悟浄くんは、何も言わなかった。 悟空は人形の紅い髪を掴むと、泥も落さずにずるずると階段を引き摺り、自分の部屋に戻っていった。 がさごそと玩具箱を引っ掻き回すと、悟空は台所から失敬してあった果物ナイフを取出した。 「要らなくなった人形は、どうなるか知ってる?」 悟浄くんのルビーみたいな瞳が、泥で曇っている。 「バラバラにして捨てられるんだよ。チョコの包み紙や林檎の皮なんかと一緒に。」 鞘から抜いたナイフの刃が、窓から差込む光を反射した。 「でもお前は幸せだね。ちゃんとしたお墓があるもの。さあ、これから最後の葬式ごっこを始めよう。ホンモノの葬式ごっこだね!」 悟空は乱暴に、悟浄くんの背中の紐を引っ張った。 「すげーな、やったじゃん!」 悟空はけらけらと、頓狂な笑い声を上げた。 「さあ、覚悟はいいかい?」 悟浄くん人形の鼻先に、ナイフの切っ先が突き付けられた。 「まずは右足。」 悟空は工作が得意な少年だった。 上手に繋ぎ目を探し当て、刃をあてがうと、全体重をその上に掛けた。 ゴトッ・・・ 脚は綺麗に付け根から切り離された。 「次に左足。それから右腕・・・」 ゴトッ、ゴトッ。 悟空は器用に四肢を切り分けていく。 悟浄くん人形は丈夫にできていた。 しかし悟空は、子供らしい執拗さで作業に立ち向った。 唇の端から小さな舌を覗かせ、額に汗の粒を浮かべて行為に熱中している。 「そして最後は首を・・・」 ゴッ、フシュッ。 仕込まれた管のせいで、これまでとは少し違った、気の抜けた音がした。 「すげーな、やったじゃん!」と、悟浄くんが喋ることはもうなかった。 もつれた紅い毛束を摘まみ上げると、悟空は満足そうな溜息を一つついた。 「悟浄、悲しいの?」 悟浄くん人形の首だったモノを、ぶらぶらと揺らしながら話し掛ける。 「でも仕方がないんだよ。だってお前はもう、要らないんだから。」 外でブレーキの音がした。 「帰って来たっ!」 オモチャを全て放り出して、悟空は玄関に走った。 「さんぞっ、おかえりっ!!」 「待たせたな、悟空。」 赤ん坊を抱えた三蔵の右手には、見慣れたハリセンの代りに、肉切り包丁が握られていた。 close of this world
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